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Time is gone

バルセロナの試合は、ロッテのブラック×ブラックガムより目が覚める。
そりゃあ、大阪のおばちゃんでも今のバルセロナの試合を生で見に行きたいって言うわな。

なぜ、見に行きたいと思うのか?

それはバルセロナに「魅力」があるから。

要するにそういうことなんだと最近気づいた。

エチオピアの人はあまり時間を守らない。
「エチオピアンタイム」というのがあるくらいである。
なぜ、こんなにも時間を守らないんだといつも思っていた。
時間を守らないというよりも、全てに対して遅い。

エチオピアだけがこんなにも時間にルーズなのかと思っていたら、そうでもないらしい。
ケニアに行ったとき、朝飯を頼んで1時間待たされたときがあった。考えられなくてバチ切れした。
しかし、噂によるとガーナなどの西アフリカでは飯を頼んでから2~3時間待つこともあるという。すごいですね。

しかし、私は性格上、日本人の中でも人より時間を大切にしたいタイプの人間であるため、「時間を守る」ということはエチオピアに来た当初から徹底してきた。
サッカー部のみんなも「なぜ1分遅れただけで練習ができないんだ!?」と最初は信じられない顔していたが、習慣というものは恐ろしいもので、今では「時間を守る」ということは我がチームではスタンダードとなっている。

しかし!!体育の授業だけはどうしてもうまくいかない。
なぜなら、前の授業の先生自体が「時間を守る」ということをしないため、授業間の休憩がないエチオピアの学校では、どうしても次の時間割の授業時間が減っていく。
私は昨年の後期から、チャイムがなった瞬間、前の先生が授業をやっていようが何しようが、強制的に終わらせ生徒を外に連れ出す作戦をとっている。(先生はいやな顔をするけど、僕の時間ですからね)

しかし、強制的に前の授業を終わらしたとしても、生徒の行動は遅いのなんの・・・。
グラウンドに出てきて着替えて整列するのに5~10分は消えていく。

「早くしろ!!」
「早く着替えろ!!」
「早く並べ!!」

遅い、遅すぎる。
42分間の貴重な時間がなくなっていく。
どうすれば早く来るのか(早く来る子は来るのだが・・・)。

そして、私は今週ある「極意」に気づいた。

「俺の授業がとんでもなく魅力的であれば生徒は早く動くのではないだろうか?」

残り3ヶ月を切った時点でそんなことに気づくとは何とも情けない。
しかし、気づかないよりはマシである。

「Mr.GENTAの授業はとにかくおもしろいから早く行こうぜ!」

これを思わすことができれば、生徒に対して「早くしろ」「着替えろ」「並べ」など言わなくてすむではないか。

要するに「バルセロナ」のような存在になれば、人は自ずと動くのである。
Dカーネギー「人を動かす」をいくら読んでも、「人を動かす」ことは非常に難しい。
ならば、人が動きたくなるような「人」になり、「行動」をしていこう。


そのことに気づいた私の今週の授業は、生徒が変わりそうな予感のするものとなった。
来週が非常に楽しみである。


最後に私の最も尊敬する恩師、緒方コーチがよくこんなことを言っていた。

「遅いのは誰でもできる」

セルジュニアコーチを真剣に見つめる子どもたち
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最近、「グォンタァ(ゲンタ)~」って叫ぶタミさん
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最近、優しくなろうとしている石部隊員
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by genta_ishibe87 | 2012-03-31 02:07  

Boom

「人に優しくされた時、自分の小ささを知りました」

これ間違いないですね。

アフリカチャンピオンのザンビア人にフットサルの試合中、接触し体勢を崩し、地面に手をつき、まさかの右檮骨尺骨遠位部骨折という軟弱ぶりを発揮してしまった私は、1ヶ月ぶりに任地ドルベテに帰ってきた。

1ヶ月ぶりのドルベテ、そして活動は感動と衝撃の連続だった。
まさに、赴任した当初のように驚き、考えさせまくられた1週間となり、改めて初心に帰ることができたような気がする。

本当にいろいろなことが起こりすぎた。
そのためブログでは、2つの出来事を要約を交えながらお知らせしようと思う。

<要約>
同僚スマチョウが葬式のため授業をカバーして欲しいということを言ってきたのでスマチョウのクラスを受け持つ→授業中生徒がまさかの肘がS字型になるような脱臼→1ヶ月前の自分がフラッシュバック→ヘルスセンターに速やかに運ぼうと考える→今の私の右手は握力2ぐらいしかないことを思い出す→運べない→先生を呼んで来いと生徒に指示→先生来る→先生は生徒にはめろと指示→生徒簡単にはめる→エキスパートと呼ばれるおばちゃんがよくわからない治療を施す→みんな治ったと言う→医療が整っていない環境でスポーツをリスクを犯してまでするメリットは?→ハイリスクハイリターン→責任→勉強不足痛感→勉強しよう→読む→馬場本すげぇ→勉強しよう

その生徒はその後、毎日家に行って様子を見たが、「よくなっている」と言いつつも、かなり辛そうだ。あの時の脱臼が果たして脱臼だったかも疑わしい。私も1ヶ月前は手首がS字になった時、脱臼だと思っていたが診断の結果はグチャグチャだった。

ドルベテには病院がない。ヘルスセンターという施設があるのだが、そこには医者はいない(ヘルスオフィサーと呼ばれる人はいるらしいのだが)。大きな病気や怪我をした場合はバスで1時間かけてバハルダールの病院までいかなければいけないのが現実だ。
多くの人はバス代が払えないため、病院には行かない。いや行けない。

スポーツを指導する者にとって怪我はつきものであり、いくら気をつけていても気を張っていても起こるものは起こる。
日本なら、怪我をしてもすぐに救急車が来て病院で治療でき、保険が利いて金銭面の問題もない。

しかし、ここではそうはいかない。
スポーツで大きな怪我をして、ちゃんとした治療が受けられず一生手や足が使えないような状態になることものなくはない。


そんなハイリスクな状況で行うスポーツの意味とは?


結構悩み考えたが、それでもスポーツを行う意味は十分にあると私は考える。


その理由は今週あった二つ目の出来事にある。

以前から私が行ってきた「セルJr.プロジェクト」(過去のブログ参照)。
1ヶ月ぶりに任地に帰ってきてからも順調にセルジュニアたちは指導を続けていた。
タンサイとタシェの二人の小さなコーチは、それぞれ16~18人の子どもたちに継続してサッカー指導を行っていた。

コンドームや靴下でボールを作らし持ってこさせ、時間を守らせ、出席をとり、工夫したウォーミングアップやドリル練習を織り交ぜながらプランニングをしっかり行うなど、指導の質は確実に向上していた。

そして驚くべきことに、タンサイのチームの子どもたちがさらに小さい子どもたちのためのチームを作っていた。

要するに、
Genta(セル)→タンサイ(セルジュニア)→タンサイのチームの子どもたち(セル3世)
ということだ。

セル3世たちが指導するチームは計3チームあるらしく、これは私の想像をはるかに超えた出来事だった。
タンサイが上手く言ってチームを作らしたのかどうかはわからないが、タンサイのチームの子どもたちにとってさらに小さな子どもたちを指導するのはブームになっているようだ。

小学5年生の彼らが指導している姿は、まるで96年代日本中の子どもたちが夢中になっていた「たまごっち」ぐらい真剣だった。

そして、このセル3世が自然発生した現象を私はこう呼ぶことにしよう。

「たまごっち現象」

相変わらずネーミングセンスに定評があるとは思えないが、たまごっち現象によりサッカーを一生懸命するキッズたちの笑顔を見ていると「やっぱサッカーやで!」と思わずにはいられなくなる。

よってやはり、スポーツは人々にとって文化となるべきものであって、生涯通じて行っていくべきものなのである。
そして絶対に忘れていはいけないことがスポーツによって起こる怪我などのリスクマネージメント。今ドルベテのような発展途上地域はそのようなリスクマネージメントは厳しい状況かもしれないが、スポーツは人々から切っても切り離せないものであるため、一刻も早く「医療」が発展するしかないのである。

結論は「一刻も早く医療を発展させよう!!」である。

セル3世によるたまごっち現象
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ただ怪我に強いのは間違いない・・・。
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ただ怪我に弱いのは間違いない・・・。
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ただボンバーなのは間違いない・・・。
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by genta_ishibe87 | 2012-03-25 04:38  

Happiness

ある時、エチオピアの先輩隊員に聞かれた。

「元太みたいな前向きな奴は今までにいなかった。そのポジティブシンキングはいつからなん?」

思い返してみると私はそこまで前向きな人間でもなかった。
よく悩み、落ち込み、暗い顔をすることもしばしばあった。

しかし、ある人の言葉で私は、絶対に人前ではマイナス発言や落ち込んだ顔はしないと自分の中で誓った。

「元太のそういうとこ、本間にイライラする」

大学4年の時に、ある女性に言われた一言。
私の態度・発言・行動・表情全てを一喝された。
悔しさ、情けなさ、申し訳なさ、そして嬉しさが込み上げ泣きそうになった。いや、泣いたかもしれん。いや泣いていないはず。

この時、私は誓った。
「絶対人前でマイナス発言はしない。落ち込んだ姿は見せない。常に明るく元気で強くあろう」

このように意識することによって少しは変われたのかもしれない。
ちょっとしたことで落ち込んだり悩んだりもしなくなった。
今、思えばあの子の一言で私は大きく成長できたことは間違いない。
本当に心から感謝している。


だが、人間というものは生きている限り悩みはつきもので落ち込むことも絶対にある。
少々のことで落ち込んだりしなくなった私だが、久しぶりに壁にぶち当たった。
その原因が全て自分にあったため、悔やんでも悔やみきれなかった。

いろいろな意味で痛かった。
簡単に言うとヤムチャがセルジュニアに腕をへし折られた時ぐらい痛かった。

久しぶりに気持ちがあらゆる方向に向いていた。

しかし、そんな時一通のメールが入っていた。

「2月29日に入籍します」


「マジでかーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!!!!!×25」


一人でテンション上がりすぎて叫んでしまった。
嬉しすぎた。
メールの送信者はあの一言を言ってくれた女性だった。
一瞬にして「幸せ」な気分になった。
2人ともよく知っているだけに嬉しすぎた。
「幸せ」になった二人の情報を聞くだけでものすごく「幸せ」になれる私はどんだけ「幸せ」な奴やねんと思いながら、今すぐにでも200万円ぐらい包んで送りつけてやろうかと思ったが、現実的にそんな金が無いことを改めて実感し、静かに心の中で祝福をした。

彼女たちの報告により、大学4年の時の言葉を改めて思い出し、久しぶりにヘコみかけていた私はいつの間にか消え去っていた。

何か2回救われた気分になった。
だから、ホンマありがとう。

そして私はまた学んだ。
「人を幸せにできる人」になろう。
彼女たちの結婚話を聞いて、私はものすごく「幸せ」な気持ちになった。
それは彼女と彼の人間性がそうさしてくれているのは間違いない。
おそらく「幸せ」な気持ちになったのは私だけではないだろう。
2人を知っている人なら全員、彼らを祝福し、自分も一緒になって喜べるのではないだろうか。

そんな人に私もなろう。
それがラスト4ヶ月での私の挑戦でもある。
子どもたちが「幸せ」と思ってくれる教育・授業・指導・活動をしよう・・・。

本当に入籍おめでとう!!末永くお幸せに!!

この痛みはヤムチャと私ぐらいしかわからないだろう
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反省→瞑想→反省そして瞑想
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Anyway 本当におめでとう!!!
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ラスト4ヶ月ノンストップです!!
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by genta_ishibe87 | 2012-03-14 21:33