<   2011年 01月 ( 3 )   > この月の画像一覧

 

Teacher’s team

「ゲンタ、今度の日曜日はテクニックスクールの先生と試合だから、空けておけよ!!」
と言われたのは先週の水曜日だった。

エチオピア人の予定はいつも急だ。その日は体育セミナーのミーティングが入っていたが、先生たちが「MUSTだ!!」と怖い顔で言ってくるので、何とか予定を変えてもらって参加することに。

そう、エチオピアの大人たちは子どもたちのためにサッカーの指導をしたり、試合を開いたりはしないが、自分がプレーするとなると必死になって練習もするし、試合も開く。
何とかサッカーをこの国に根付かせるために指導に興味を持ってもらいたいのだが、これは私の大きな課題である。

今回の試合は、私の所属するドルベテ中・高校の先生チームと、同じドルベテにある職業専門学校的なところ(人々はテクニックスクールと呼ぶ)の先生チームの試合だった。

同僚の先生たちは3・4日前からやたらテンションが高く、「日曜日はエキサイティングな試合になるぞ!!」「ゲンタ、俺のファンタスティックなプレーを見ておけよ!」とやたらと騒いでいた。

個人的には日本で言う、草サッカーの練習試合のような感覚でいた。
しかし!!!普段めったに試合をしない彼らにとってはこの試合は全国大会の決勝のような感覚だった。

試合が始まると私は一人目立っていた。
中田英寿が高校生の県一回戦の試合に出ているぐらいの差があった。
私の実力を知っている日本の人々なら、どれだけレベルの低いサッカーか想像がつくかと思います。私で中田英寿なので、ほとんどの人がペレやマラドーナ以上の存在になるのではないでしょうか。

しかし!!!エチオピアの良いところは、レベルが低い高い関係なく、みんなサッカーに全力を注ぐというということ!!

プレミアリーグの見過ぎか知らないが、私のチームのFWはちょっと倒されただけで、ドロブバのように転がりまわり、私と成績のことについてよく喧嘩する体育教師のリーダースマチョウは、クラシコか!?というぐらいの乱闘をしていた。

そして、何よりもゴールが決まった時には、イニエスタがW杯の決勝ゴールを決めた時より、派手にそして激しく喜んでいた。

「あぁ、日本の小学生はこんなに感情を表に出して喜べるかな?レベルの高い低いではなく、一つのゴールでこれだけ喜べるって何か良いなぁ~」

としみじみ感心していた時、ふと周りを見てみると500人ぐらいの観客がこの試合を観ていた!!

「どんだけおんねん!!観客動員か!?」と一人で思わず叫んでしまった。

決して町の学校同士の小さな練習試合ではない!!エチオピア人にとって、これはとてもツもなく大きな意味をもった大きな試合だった。

試合終了後、観ていた子ども大人関係なしに私のところによってきて、「ゲンタ、すげぇー」「ゲンタはGOOD MFだ!!(この日ボランチをやっていた)」「お前がマン・オブ・ザ・マッチだ!!」

まぁレベルがレベルですからね・・・。


次の日、学校で朝のフラッグセレモニー(朝礼)が行われている時、

アナウンス「昨日、ドルベテ高校とテクニックスクールの試合があり3-1で我らが高校チームが勝ちました。日本人の体育教師Genta Ishibeがものすごい活躍してくれました。我々も彼にサッカーを学びたいものです。」

おいおい、どんだけビッグニュース扱いなんだ!?
まぁ、それだけ彼らにとっては重要な試合だったのでしょう。

そして、その日の授業、最近成績の件で、日本人の感覚で厳しくつけまくっていた私は何弱そしてなまぬるい世界で育った生徒たちに大ブーイングをくらっており、私に反抗しまくるクラスが一つあった。私は意外と頑固なため、生徒に何と言われようが常にボロカス言い返していた。
しかし、そのクラスの生徒が今日は授業が始まる前から、「ゲンタ、昨日はすごかった!」「俺はお前をリスペクトする!」「今日はいったい何をするんだ!?」と気持ち悪いぐらいよってきた。

まるで、言うことを聞かなかった悟天とトランクスが、悟空のスーパーサイヤ人3を見た後から、掌を返したように言うことを聞くようになった感覚に似ていた。

サッカーの力、恐るべし!!!

エチオピアにバーベルはないため、前回紹介したさとうきびで鍛えてます。
d0178633_422676.jpg


サッカーの試合の打ち上げは、やはりインジェラ
d0178633_41322.jpg


エチオピア最大の休日 ティムカット
d0178633_4123116.jpg


アフリカンだよねぇ~
d0178633_4391585.jpg

[PR]

by genta_ishibe87 | 2011-01-22 04:42  

Meeting

人生は「出会い」の連続である。
そして、その出会いは考え方によっては全てが「良い出会い」であると言える。
私の人生は、「良い出会い」なしには語れない。

私は昔から「出会い」にはすごく恵まれている。
これだけは自信を持って言える。
そして、今回の「出会い」も私にとっては凄く良い出会いであった。

私がエチオピアに来てから6カ月経った今日この頃、Jリーグのベガルタ仙台がエチオピアに来た。

みなさんは「なぜエチオピア何だ?」と思いますよね?

僕もそう思います。

アフリカの中でもFIFAランキング131位のエチオピア、2009年に行われたアフリカW杯予選では、FIFAから大会追放を言い渡され、予選にも参加できず、もちろんW杯は皆無、そんなエチオピアにベガルタ仙台が来た。

その理由として、※1フー太郎の森基金というNGO団体がエチオピアのラリベラで植林栽培や学校建設、衛生面の向上などを目的に活動しており、そのフー太郎の森の代表である新妻さんがベガルタ仙台の運営課長である齊藤美和子さんと古くからの知り合いで、エチオピアで何かしたいなと言いだしたのがきっかけらしい。

今回のプロジェクトの内容としては、長いのでHPを参照してください。

ということでベガルタ仙台がのスクールマスターである井上コーチと育成部の福田コーチ、そして運営課長の齊藤さんがエチオピアに来ることになった。

ベガルタがエチオピアに来るのは、この私がエチオピアにいるからだと勝手な思い込みをしていた私は、当然のごとくこのプロジェクトに参加することに!!
ちなみに、少しばかりJICAも関わっているため、JICAの副ボスである二見さんにお願いし、参加させてもらえることになった。

私のイメージでは、片言ではあるがアムハラ語が少し話すことのでき、並の人間より少しばかりサッカーに詳しい私がコーチたち二人のサッカー教室を、語学の面でちょっとでも手伝うのだなと思っていた。

思い込みも良いところだった・・・。

サッカー教室では、二人のコーチは問題ない程度の英語が話せて、アムハラ語に関する問題は、エチオピアに10年以上在住しているバーバリッジ優子さんという通訳の方がおられた。

私の存在は皆無だった・・・。

しかし!!JICAの副ボスである二見さんは、何ともありがたいことに今回のプロジェクトに関わる皆様に一言、
「協力隊の石部という屈強な若者が参加しますのでコキ使ってあげてください」

ということで私は3日間カメラアシスタントとして、10kgかつ100万円する三脚を担いで走りまくっていました。

東日本放送さんには本当にお世話になりました。
まさか、エチオピアでテレビの仕事を経験できるとは思ってもいなかったし、この経験により、報道陣の凄さというものを実感しました。
1000万円のカメラを持って、3200mの高地を駆け上がる姿はまさに「プロフェッショナル」でした。

そして、プロジェクトに関わる上でいろいろなことを考えました。

私自身、今回のベガルタ仙台とフー太郎の森のプロジェクトに対して決して否定するわけではありませんが、正直な感想をここに記しておこうと思います。

今回、ベガルタカップというのがエチオピアのラリベラで行われたのですが、これは元々エチオピアのラリベラで行われていたサッカー大会に「ベガルタカップ」という名前を今回だけつけさせてもらったとい形で行われた。

その大会の優勝チームにはベガルタのアウェーユニホームやゲームシャツ、そしてMVP選手や得点王には日本での使い古しのスパイクから新品のスパイクまで、たくさんの道具が配られた。

ベガルタのサッカー教室では2日目の最後に、W杯の公式球であるJABULANI(芝生用かつ14000円)のボールが10球以上渡された。

しかし、私は知っている。なぜなら、曲がりなりにも6カ月もの間、エチオピアでサッカーを教えているから・・・。

エチオピアのグラウンドでのボール消耗率は、日本の皆様が思っている以上に早い。まして、JABULANIといった芝生用のボールがエチオピアの石や岩だらけのグラウンドに耐えられるとは思えない。私が日本から持ってきたボールも1カ月ともたなかった・・・。
さらに、標高が高いからかどうかわからないが、たった一回の練習により、ボールの空気は半端なく抜ける。よって、ボールを10球以上プレゼントしたところで、空気入れがなければ、いつもエチオピア人が蹴っているペコペコのボールと変わりないのである。

そして、何よりもショックだったのが、サッカー教室を終えてからの子どもたちに対するインタビューでの答え。

TV「サッカー教室の感想を教えてください?」

子ども①「今度は、一人に一足靴欲しい」

子ども②「一人に一球ボールをください」

子ども③「今回はシャツをもらったし、今度はパンツ!!!」

これが現実です。
果たして、これがエチオピアの子どもたちのためになっているのだろうか?
私自身、協力隊のくせして「協力」とは何か自分の答えを模索中なため、考えが甘かったり、浅かったりするのだが、ボールやスパイク、ユニホームをあげることによって、もらった子どもたちは一時的ではあるが幸せな気持ちになると思う。

しかし、その一時的な幸せな気持ちと引き換えに、日本人や外国人は物をくれる人たちだという概念を持ってしまう。その概念により、子どもたちは、私たち外国人を見掛けると挨拶をする前に、
「靴をくれ」「ボールをくれ」「ペンをくれ」「パンをくれ」「金をくれ」etc・・・。
そういう子どもたちが大人になったのかどうかは知らないが、大人は子どもによくこんなことを言っている。
「『お金くれ』って言いなさい」
決して貧しい訳ではないのだが(だからと言って、貧しいから言って良い訳でもないのだが・・・)、親が3歳にもなっていない子どもにこの言葉を言っているのを聞いた時は、言葉を失った。それがたまにではないのが、さらに辛い・・・。

しかし、決して今回のベガルタ仙台やフー太郎の森の活動が悪い訳ではない。
私自身もエチオピアに来る前は、発展途上国の人のために、日本で使わなくなったボールやスパイク、物などを配ったら良いのにと思っていた。

むしろそれこそが国際協力だと思っていた。
でも、実際にエチオピアに来て現状を見て、知って、感じて、考えた結果、本当の子どもたちのためになることは物をあげることではないのではないかということを現段階の答えとして言っておく。

要するに、現段階ではボールをあげることにより、一時的な幸せを得られる代わりに、ジェントルマンとしての道から遠ざかっていると言えるのではないだろうか。

私は今回のプロジェクトは決して無駄ではなかったと感じている。
「物を送る」ということの本質に迫ることが私自身はできたと思うし、子どもたちの正直な感想こそ、本当の「協力」とは何かを考える重要なきっかけになっているのではないかと思う。
よって、今回、東日本放送さんが55分のドキュメンタリーでこの活動の様子を放送するらしいのだが、東日本放送さんの制作次第により、日本人の考え方は大きく変わるのではないかと私は感じている。

加藤さん、青木さん、田中さん!!!放送期待しています!!
今回は本当にお世話になりました!!!

あまりの景色の良さにかっこつけたくなるよね!!
d0178633_2505867.jpg


一人でもこのポーズ!!
d0178633_2555026.jpg


太陽があればこれはやるでしょ!!
d0178633_2572463.jpg


ベガルタカップ2011
d0178633_2595650.jpg


24時間テレビか!? カメラアシスタント内々定!!
d0178633_32276.jpg


24時間テレビか!?その② 東日本放送with JICAメンバー
d0178633_364526.jpg


今回お世話になったベガルタ仙台の皆様
d0178633_3101517.jpg


エチオピア人の興奮は収まらず!!
唯一エチオピアの子どもの現状を知っている私は、ボールが盗まれないように最後まで気を張って見ていた!!
しかし!!最後の最後で私が移動している間にビブスが盗まれた・・・。
私のツメが甘かった・・・。
これがエチオピアです!!
d0178633_3123749.jpg

[PR]

by genta_ishibe87 | 2011-01-15 03:16  

Why are you running?

みなさん、遅くなりましたが、新年あけましておめでとうございます。
本年もどうぞよろしくお願いします。

ということで2011年がスタートしました。
しかし、エチオピアには以前にも述べたようにエチオピア歴というのがあり、新年はまさかの9月!!よって日本の新年である1月1日にはびっくりするほど何もなく、エチオピア人は普通の日を過ごしている。

それではあまりにも寂しすぎると思った私は正月に何かしたいと考えた。
しかも今年の正月は幸い土曜日ということもあって、学校はない。
エチオピア人は祝わないが我々日本人は新たな年の始りを祝おうではないか!!

そして4か月前に大会委員長の一言でこの企画が決定した。

「バハルダールからダングラーまでの約80kmを正月に走ろう!!!」

当初この企画への参加者はサイドバックパッカーズである、アムハラ州体育隊員の3人だけであった。しかし、新隊員の体育隊員2人の参加もあり、5人で走ることに!!
さらにさらに、80kmの道のりをサポートなしで走るのはあまりにも無謀なため、2人のクレバーすぎる理数科教師がサポート役として自転車での同行に名乗りを上げてくれた。
よって、この7名での挑戦が決定した。

1月1日 午前6時20分
私たちのチャレンジはスタートした。
この企画の目的は「人はなぜ走るのか?」という答えを見つけるということと、自分たちなりの正月を祝おうということであった。

いやぁ~しかし、ナメていましたね。80kmを・・・。
この日のために、何カ月も前からトレーニングしていたとはいえ、驚かされましたね、80kmという距離に・・・。

最初は順調であった。平均時速8.4km/hで30kmの距離を軽々と走った。(GPS機能により、正確に測定)
脚の疲れもないし、時間的にも計画通りであった。
正直、これは楽勝だなと感じていた。

しかし、45kmを過ぎた時点から、脚が言うことを効かなくなってきた。
なぜ、マラソンが42.195kmなのか、少しわかった気がした。

久しぶりに運動で死ぬかと思った。

60km地点を過ぎると脚は全く言うことを効かなくなった。

正直、途中でやめても誰にも文句を言われないし、60kmの距離だけでも十分過ぎる。80kmの地点から帰るバスの時間も迫ってきていたため、あきらめないで走っても帰れなくなるかもしれない。

しかし、止めることは一切考えなかった。

そして、私とマサカズさん(先輩隊員)、そしてチャリでずっとサポートしてくれたDIEGOの3人は走りきった。

完走タイム
1月1日 午後6時00分
記録
11時間40分


マサカズさんは、私の任地であるドルベテ(60km地点)に着いた時には、既に限界を超えており、ここでリタイアするというコメントを録っていた。
私はドルベテから一人で走ることを覚悟した。
しかし、5分ぐらい走った後、後ろから誰かが走ってくるのが見えた。

マサカズさんだった!!!

まさかの奇跡の復活!!!

最後の18km、気力だけで走ったこの半端ない気持ちの持ち主である男が言ってた。

「なぜ、走るのかという答えを見つけるために走りましたが、答えなんていらないと思います。それが『答え』です!!」


要するに僕たちは「馬鹿」なんすよ!!
2011年も突っ走ります!!!

本年もどうぞよろしくお願いします。

お決まりのポーズ
d0178633_23455447.jpg


~馬鹿で熱すぎる7人の精鋭たち~
d0178633_23473170.jpg


こういうポーズ好きですよね!!
d0178633_23504372.jpg


エチオピアを駆け抜けろ!!
d0178633_23525431.jpg


果てしない道
d0178633_23544868.jpg


MESHENTY 到着 15km地点
d0178633_05163.jpg


MERAWI 到着 34km
d0178633_0344386.jpg


DURBETE 60km
d0178633_0414450.jpg


ラストスパート
d0178633_0452129.jpg


完走!!マジで感動だった!!
d0178633_0464236.jpg

[PR]

by genta_ishibe87 | 2011-01-07 00:51