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Advice

私が中学1年の時の尼崎選抜の選考会でのことだった。
同じチームから推薦されていたフジイが、その日の練習会でコーチにずっと指摘され続けていた。普段、コーチにそれ程言われることがないフジイに対して、私は声をかけた。

ゲンタ「フジイ、今日めっちゃ言われてるなぁ~調子悪いんか!?」

フジイは答えた。

フジイ「アホやな、元!!コーチに言われた方が上手くなるやんけ!!!」

私は衝撃を受けた。同じ中学1年生だというのに、何てすごい考え方をしているのだろう・・・。
今でもこの言葉を言われたときのことは鮮明に覚えている。

その頃の私は、コーチに言われる=怒られているという印象しか持っていなかった。だから、コーチに言われるということはよくないことだという概念があったのだ。
しかし、このフジイの一言により、私の考えは180度変わった。

それからの私は、人からの意見やコーチや友達からの指摘などに対して積極的に耳を傾けるようになった。

「全ては自分を成長させてくれるものだ」

そんなことを考えながら喜んで、指摘や意見を受け入れた。

さらに、私は人にも恵まれており、周りには厳しく、そして的確にいろいろなことを言ってくれる人が多かった。
特に大学時代はすごかった。なかなかレベルの高いサッカー部に所属していたため、私の実力はチームでも下の下の方(「いや、お前は一番下やったやんけ」と言われそうだが、そこは下の方と言っておこう)。
そんな私の周りにはサッカーが上手くかつサッカーをよく知った同期、後輩そして先輩たちがゴロゴロいた。
そんな人たちと4年間、練習していたのだが、毎日嵐のような指摘が私に飛んできた。

「ゲンタ、そこはそうじゃないだろ!!」
「ゲンタ、そこはこうやって、こうやんねん!!」
「ゲンタ、そこはそうしても、どうもならんからこうやんねん!!」
「パス出せよ!!」
「ミスんなよ!!」
「ちゃんとせえよ!!」

いやぁ~今思い出しても、指摘の嵐でしたね。しかし、これらのアドバイスがあったからこそ、私は4年間で上手くなれたと思うし、サッカーを少しばかり知ることができ、そしてちょっとばかし精神的に強くなれたのかなとも思う。

一つのミス、一つの判断、一つの考え、一つのプレーに対して、ずっと言い続けてくれた先輩、後輩、同期には今でも感謝している。この「たった一つ」のことに対して、言ってくれることをほどありがたいものはないと思う。
特に「気持ち世代」の先輩には本当によく言われたなぁ~本当にあーざっす!!


そして、そんな4年間を終え、私はエチオピアに来たのだが、宮沢ミッシェル氏(私のブログにはよくこの人が登場しますが知らない人は過去のブログを参照してください)が来エチしてくれた時にあることを言ってくれた。

ミッシェル「ゲンタにいろいろ言ってくれる人がいないのが痛いな」

そう、私の周りには青年海外協力隊の仲間やエチオピア人体育教師の同僚がたくさんいるのだが、大学時代とは違い私に対して厳しくそして的確に意見や指摘をしてくれる人が少ないのが現状だ。人に頼らず、自分で良い点も悪い点も見つけて、自分で考えていけということなのかもしれない。

逆にエチオピアに来て私は、「言われる立場」から「言う立場」になった。
言語がなかなか達者になった今では、生徒や教師、同僚はもちろん、校長や副校長、そして日本人の協力隊の仲間に対しても思っていることを遠慮せずに伝えている。

大学時代に指摘するべきところでできず、物凄く後悔したことがあり、また一人の女性に厳しく指摘され、私の考え方・行動の全てが良い方向に変わることができたので、「言うことの大切さ」を知り、言っていこうという考えになった。その女性にも本当に感謝している。ありがとう。

そして最近思ったことがある。「指摘する」という行為は、自分ができていないとできない行為ではないかと。自分ができていなければ、人に対して言うことはできないし、言う資格もない。
できていない人に指摘されても、何の説得力もないし、言われた人も悪口に感じてしまうだろう。
「指摘する」ということは責任ある行為のもと、できることである。

さらに、私は考えた。
最近、クラブの子どもたちや生徒に対して口うるさく「走れ!」「声出せ!」「時間守れ!」「挨拶しろ!」「助け合え!」と偉そうに言っているが、果たして自分はそれら全部できているのか!?
自分で口うるさく指摘しているが、これは人に対して指摘していると同時に自分に対しても指摘ではないのか!?

「人に対しての指摘は自分に対しての指摘でもある」

このことを考えていると自分の行動や考え方を見直す良いきっかけとなった。


最後に先々週、母親と父親がエチオピアに来てくれた。
1年4ヶ月ぶりの再会にものすごく感動し、親の偉大さと愛情を感じた。

スーパーマン(スーパーで働くおじさんのことを英語の直訳で“スーパーマン”と呼ぶ)で休みが取れないにも関わらず、意地を見せて1週間休んでくれ、エチオピアに来ては毎日旨そうに酒を飲み、腹を壊し、「ニーハオ」という声に対しても中国人でもないのに「ニーハオ」と明るく答え、帰国前日に約2mの穴に落っこちて歩くのが辛いほどの捻挫をして帰ったおとう、本当にありがとう!!足治った!?
※最新の情報では、父はくるぶしを骨折していたらしい・・・。
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おとんの休みが取れなくても、「私は一人でも行く」と言ってくれ、インジェラが苦手だった時のために日本からカップラーメンを持ってきていたにも関わらず、アジスアベバに預ける荷物に入れてしまい、旅行中は全く食べられず、案の定インジェラが苦手で食べ物には相当苦労したおかぁはん、本当にありがとう!!日本の飯は旨いでしょう!
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本当にありがとう!!楽しかったです!!
そして、家族って良いね!!
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エチオピアに馴染む父と母
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まさにファミリー!!
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何なんだ、このポーズ!?
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by genta_ishibe87 | 2011-11-19 00:20  

Cell

「Cell」という言葉は英和辞典で引くと、「名:基本組織、(生)細胞、班、チーム」などと出てくる。

しかし、私にとって「セル」という意味は、「ドクター・ゲロが戦闘の達人の細胞を集め、その細胞を合成させた人造人間の研究を始めたが、時間がかかりすぎるため途中で断念したにもかかわらず、コンピューターはそのまま作業を休むことなく続け、生み出された史上最強の怪物」である。

私にとって「セル」は世界で2番目に好きな悪者である。
ちなみに、1位は魔人ブウである。理由は何でも吸収し学ぼうとする意欲が好きだからである。

完全に余談であったが、今回は一つの報告をしたいと思う。
私はエチオピアにJICAボランティアとして来て、ずっと「ボランティアとは何か?」ということを考えながら活動してきた。それは1年4ヶ月経った今でも変わらない。
「自分ができること」「自分がしなければいけないこと」「自分がしたいこと」これらのことを常に考えていた。

そして今回「ボランティアとは何か?」という問いの答えに少し近づけた活動を報告したいと思う。

その活動の計画は今年の3月、先輩である宮沢ミッシェル氏がエチオピアに来た時から始まった。
彼は、私のサッカー部とドルベテの子どもたちを見て一言つぶやいた。

ミッシェル「ゲンタ、この子たちにサッカーを教えないとアカンぞ。例えば、お前のクラブの子にコーチをやらせるとか」

衝撃が走った。

元々、2年目はキッズ年代から小学生、中学生と全てのカテゴリーでサッカーをする機会を作ろうと考えていただけに、この発想は私の気持ちを奮い立たせた。

思い返すと大学3年の時、私は地域総合型スポーツクラブであるBSC(BIWAKO SPORT CLUB)で半年間だけ小学2年生にサッカーを教えていた。
そのクラブはびわこ成蹊スポーツ大学サッカー部の学生が小学生に対してサッカーを教えるというもので、私もそのうちの一人として指導に携わっていた。
今思い返しても、あの時の小学2年生の子どもたちは強すぎた。
おそらくこの方法を取り入れたのは、名将・松田保氏だと思われる。

このミッシェル氏の一言と松田保氏の方法を思い出し、私はあるプロジェクトを考えた。(JICAには専門家と呼ばれる人たちがありとあらゆる分野でプロジェクトを行っているため、私も真似をしかっこよくプロジェクトと言っている)

その名は、
「セルJr.プロジェクト2011」

言うまでもないが鳥山明大先生の許可など取っているはずもない。

このプロジェクトを簡潔に説明すると、要するに私が「セル」でWe are the World FCの選手たちが「セルジュニア」である。

私の一つの大きな目標としてこのプロジェクトがあった。
練りに練った結果、先週の日曜日、ついにこのプロジェクトをスタートさせることに成功した。

日曜日に集まったG1~G8(小学1年生から中学2年生)までの人数およそ120人。
コーチとして自主的に名乗りを上げてくれた「セルジュニア」たち20人(中には「コーチやったらサッカー上手くなるのになぁ」と半分強制した感じもあったが・・・。)

コーチの多くは去年から私のチームで一緒に練習してきた生徒が多いため、私の考えや私のやり方をよく理解している。彼らがこれらを伝えることができれば、私が伝えなくても、私の意志や思いは伝わることになる。
おそるべき「セルジュニア」。そして「セル」のポジション・・・。

だが、このプロジェクトが上手くいくかどうかは、わからなかった。
「本当に指導をするのだろうか?」
「ゲームをやらせるだけにならないだろうか?」
「子どもたちはサッカーを楽しむことができるだろうか?」

しかし、そんな不安は無用だった。
次の日の月曜日、練習日、練習時間を全て把握している私は彼らの練習時間に顔を出した。


感動だった。


そこには小さなコーチたちが一生懸命さらに小さい子どもたちを指導していた。
ウォーミングアップをし鬼ごっこをし、パス練習やドリブル練習、そしてゲームと練習の組み立てまでしっかりと行っていた。

そして彼らは指導が上手かった。子どもたちの扱い方、子どもたちへの言葉かけ、とても初めての経験とは思えなかった。
絶対に私が小学生を教えるより、彼らが教えた方が効果があり、しっかり伝わると思った。
言葉や文化を知り尽くしている彼らは強かった。

私の方が勉強させられた・・・。

さらに彼らの練習や言葉かけを注意深く見ていると、つい笑みがこぼれ、一言、

「セルジュニアやん!!」

と叫んでしまった。
そう、彼らの練習メニューや言葉かけそしてチームの方針まで全てが私のコピーであり、私が伝えてきたことをそのまま忠実に子どもたちに伝えていた。
まさに「学ぶ」は「真似ぶ」である。

「出席表をつくって来ている者」
「私がいつも与える罰ゲームを与えている者」
「遅れてきた者に対し、出て行けー!!と怒鳴っているもの」

そして一番、笑ってしまったのが、ある一人のコーチの最後の言葉、

「いいか、次の練習の日までに一人一球ボールを持ってくること。ボールが無かったら作れ!!そして持って来い。ボールがないと君たちは成長できない。逆にボールがたくさんあると成長できる!!だからボールを一人一球持って来い!!」

と私が常日頃から言っている言葉をそのまま子どもたちに伝えていた。
ただ、そのコーチ自身が私の練習で全くボールを持ってこないのだが・・・。

私は彼らから学んだ。子どもたちは指導者が思っている以上に指導者のことを見ているのだと。
よって、下手な指導はできないし、下手な発言もできない。私自身もっともっと成長し、良い指導者になることによって彼らも良い指導者そして選手になるのだなと感じた。

要するにもっと勉強しよう。

そして、松田保先生のアイディアと宮沢氏のアドバイスには、心から感謝したいと思います。

最初はミーティング
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出席をとる子もいる
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エンジン全開!!
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ストレッチは重要です!
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センスが感じられる彼の指導
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うりゃあー!!!!
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うほっぉ!!
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お疲れさまでした!!
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これぞセルJr.プロジェクト!!!!
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by genta_ishibe87 | 2011-11-03 03:34  

Leadership

「リーダーシップ」
この言葉をパソコンでタイピングさせたら、私ほど早い人は間違いなくエチオピアにはいないだろう。いたとしてもこの言葉のタイピング数で私に勝てる人はエチオピアにはいない。それぐらい多くの「リーダーシップ」を私は打ってきた。

何の話だ!?って感じだが、今日は2人の生徒について書きたいと思う。
その二人はアダネとデッシーという名である。
二人とも「We are the World FC」の去年からのメンバーである。

アダネは元々、抜群のサッカーセンスを持っていた選手だった。
だが、彼は非常に態度が悪い選手で、私の集合がかかっているにもかかわらず、ずっと一人でボールを蹴っていたり、人の話を聞かないでおしゃべりばかりしていたり、ゲーム中、腹が立った相手選手に対して、危険なファールをしたりとなかなかの問題児だった。
さらには、練習中に腹が減ったからといって汚いグラウンドに置いてあるパンを勝手に食べにいったりもしていた。これには正直驚いた。

しかし、そんな彼は2年目に入ってからはもの凄いリーダーシップを発揮してくれている。
ウォーミングアップではチームの先頭に立ち、指示を出し、新しく入ってきた選手に対しては丁寧に練習メニューを教えたりしている。さらには「Heal the World FC」の女子メンバーに対しても、ステップの仕方やキックの技術を積極的に指導していたりもした。

「うわぁ、こいつ頼もしい!!!成長しているやん!!」

と感心していた、その日の午後のトレーニング(エチオピアは学校が午前と午後の2シフト制なので私の指導回数は一日2回ある)、学校にいるはずのアダネがグラウンドにいた。私の顔見た瞬間隠れたアダネ・・・。
捕まえて話を聞くと「頭が痛い」と言って早退し、グラウンドに遊びに来ていたらしい。
その後、彼がどうなったかは想像におまかせします。


続いてデッシーは、エチオピアの英雄ハイレ・G・セラシエに顔が似ているちょっとおっさん顔の高校生で、去年は技術的にもチームの中のキャラクター的にもそれほど目立った選手ではなかった。しかし、彼の長所として出席率がかなり高く常に練習には参加していた。

そんな彼も、2年目に入った今年からかなりのリーダーシップを発揮している。
今年に入って学校でも私の受け持ちのクラスの生徒であるデッシーは、最近気づいたことだが、勉強もよくできる。頭がいいからなのか、私との付き合いが長いからなのか、よく私のことを理解している。
「私が求めているもの」「私が嫌いなこと」「私が怒る内容」などなど。
おもしろいことに私が「これはちょっと怒らないとアカンな」と思った瞬間、デッシーが先に注意し、私の激怒を上手いこと逃れている。
彼がチームメイトに指示を出し、リーダーシップを発揮するため練習がスムーズになっているのも事実である。

さらに一番の驚きは彼のサッカーの技術が急激に伸びているということ。
毎日、見ているから気づきにくかったが、去年のことを考えると彼の技術はものすごい上がっている。私の練習以外でも積極的に練習していることも知っていたが、その努力が確実に力になっていることが私は嬉しかった。


毎日彼らと関わっていて毎日見ているため、「小さな変化」「小さな成長」に気づきにくくなっているかもしれないが、これを見逃さないようにしていきたいと思う。
これを見逃していたら指導者生活かなり損をすることになる。

期待のエース・アダネ
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期待のリーダー・アダネ
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人数激増!!最近・・・。
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今週のタミさん
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あまり人気でないブログ小説公開中!!!
http://worldreporter.jica.go.jp/j22-1isibe/
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by genta_ishibe87 | 2011-10-30 05:33  

Healing

なでしこJAPANが世界一になり、背番号10でキャプテン、大会得点王ならびに大会MVPの澤穂希選手と大空翼くんダブらせたのはおそらく私だけではないだろう・・・。
昨日、改めてなでしこの決勝のハイライトシーンを見たが、いつ見ても感動するのもおそらく私だけではないだろう・・・。
そして、日本では女子サッカーブームが巻き起こっているのではないかと勝手に思っているのも私だけではないだろう・・・。

そんな、なでしこが世界一を取る数ヶ月前、隣町のタイシが私に言ってきた。

タイシ「来年度(エチオピア暦)は、女子サッカー部をしようかな」

すぐ人に影響される私は、2秒ほど考えて返事した。

ゲンタ「めっちゃ良いやん。俺も創るわ!!」

完全アイディア泥棒である。
女子サッカー部を創る目的としては、女の子がスポーツをする環境がエチオピアにはあまりにも少なすぎるため(ほとんどの女子高校生は学校以外の時間は、家の仕事の手伝いや掃除、洗濯、料理などに時間を取られている)、少しでもスポーツをする機会を作ろうというものであった。

そんなことを考えていた数日後、私のパートナー的存在である体育教師のエリアスと、エリアスの狭い家で、エリアスの貴重な昼飯をがめつく頂いていた時、エリアスが私に言ってきた。

エリアス「ゲンタ、来年度もサッカークラブを引き続きやっていくのか?」

ゲンタ「もちろんだ。でも、俺はエリアスに来年はコーチをしてほしいんだけどな。なぜなら、俺が帰った後も引き続きチームを存続させていってほしいからね」

エリアス「ゲンタ、俺も実は来年はコーチをやりたいと思っていたんだ!」

ゲンタ「マジでか!?」思いもよらない発言に私のテンションは一気に上がった。

エリアス「だけど、俺は女子チームをやりたい。」

ゲンタ「何だそれ!?実は来年は女子チームも考えていたとこなんだ。一緒にやろう!!」
実は男子チームの方を見て欲しかったのだが、細かいことは気にしないことにした。
話を聞くと彼は以前の学校で、女子サッカーチームを見ていた経験があった。経験といってもおそらく大会1週間前ににチームを創り、集めて大会に挑むというだけのものだが・・・。

そして、今年度が始まってすぐのこと、エリアスが私のところに来て言ってきた。

エリアス「ゲンタ!!今年は女子サッカーチームを俺とお前で作ろうな!!」

このモチベーションの高さに感動した私は、次の週に早速チーム結成の情報を生徒に流した。大会前だけに集めて行うと思っていたエリアスはただただ、びっくりしていた。

そして事前の登録では20人前後の女子生徒が名を連ねた。

しかし今週の月曜日、チームをスタートするために連絡しようと集めた女子生徒は11人だった。

さらに次の日の火曜日、チーム記念すべき最初の練習は17時開始だったにも関わらず、17時40分に集まった女子生徒は3人だった。

さらにさらに、火曜日に3人しか集まらなかったため、また来るのが遅すぎたため、エリアスが怒り、最初の練習がも木曜日なったこの日、17時開始だったに関わらず17時40分に集まった女子生徒は6人だった。

だが、この日エリアスと相談の結果、記念すべきドルベテ高校女子サッカー部が6人だけではあるがスタートを切った。
もちろんのこと我がドルベテ高校女子サッカー部にも「チーム名」がある。
そのチーム名とは・・・、


「Heal the World FC」


今、ダサいと思った人はその気持ちを静かに胸に締まっておいてください。
また、「Heal」という英語の意味を知らない彼女たちに対しては、「世界で輝く美しい女性たち」といういかにも「なでしこJAPAN」を真似したかのような訳をしておいた。
ちなみに、もちろんのことながらマイケル氏の許可は得ていません。

しかし、このチームの強みはエリアスと一緒に指導していけるという点である。
一回目の練習は当然のように「ゲンタ、まかした!!」と言って外でずっと見ているようなおっさんで、また練習後生徒たちが「日曜の17時からもやりたい」と要望があったにも関わらず、マンチェスターU対マンチェスターCがあるため、即却下するようなちょっと腹が出ているおっさんだが、やる気だけはMAXまではいかないが70㌫ぐらいはあるので少なからず期待している。

無事スタートを切った「Heal the World FC」だが、考えなければいけないことは山ほどある。私としては「女子生徒のスポーツをする機会を作る」というのが目的の一つであるが、サッカーを通じて規律やモラルなども学んでいってほしいとも思っている。サッカーがしたくてしたくてたまらない「We are the World FC」の男子生徒に関しては、厳しい指導をしてもそれ程人数が減ることもなければ、サッカーがしたいがために、「時間を守る」であったり「チームのために動く」といったことを自然とできるようになる。
しかし、彼女たちは別に「サッカー」でなくてもいいし、厳しいのであれば「行かない」という考えがあり、さらに人数が少ないというのも現実である。
だからといって自分のポリシーを捨てることは絶対にしたくない。
だからといって男子と同じ指導をしてはすぐにチームは消滅してしまう
おそらくこのチームを続けていくことはかなり難易度が高いと思われる。
しかし、このチームを消滅させずに、実力をつけ人数も増え、多くの生徒が参加したいと思えるようなチームにすることができれば、私の経験値も少なからず上がるのではないだろうか・・・。


始めることは簡単である。大切なのは継続してやっていくことなのだろう。

「才能とは継続して努力し続けること」by 羽生善治


要するに、
「サッカーを教え、サッカーで教える。そしてサッカーから学ぶ」をやっていこう。

Heal the World FC とそこらの子どもたち
パートナーのエリアス(写真右)
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左はケニア産、右はエリティン産
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今週のタミー!!
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いつ見てもやはり目立つ・・・。本当に尊敬です。
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by genta_ishibe87 | 2011-10-22 15:47  

Possibility

私の昔からの癖で、何でもかんでも手をつけてしまうという癖がある。
「やりたいことは全部やる」という考えの下、何から何までしようとして、えらいことになるということが頻繁にある。

一度、この癖のせいで大学4年の時に、恩師の先生に2時間以上におよぶ説教をくらい、恥ずかしながら泣いた覚えがある。

宮沢ミッシェル氏にも「お前は優先順位をちゃんとつけないとアカン」とエチオピアに旅行に来た時にも言われた。

そして、最近まさにその状態になっており、時間確保のため朝をいつもより早く起きようと生活リズムを変えるスタンスを取った。
しかし、朝早く起き過ぎているため、また日中の直射すぎる日光のため、夜の10時から12時までは椅子の上でくたばってしまい、爆睡してしまっているという、全く時間確保ができていないという状態に陥っている。むしろ、ベッドで寝ていないため身体にはダメージが残る・・・。


そんな中、We are the World FC 2年目をスタートさせた。
去年同様、最初の段階では、ものすごい数の入部希望者がいた。しかし、大半の生徒は自分が思い描く「ウグルクワス(アムハラ語でフットボールという意味)」と私の指導の「フットボール」とのギャップにいつの間にかいなくなる・・・。
今年は選手のモチベーションにもフォーカスしながら指導していこうと思う。
しかし、去年一年間私と一緒に練習しきた選手は、新しく入ってきた選手と比べると、かなり技術レベルが高いことがわかった。1年間の成長の大きさを改めて感じた。
今年新たに入ってきた選手に関しては、去年の2~3倍の早さで成長してもらおう。

また、2年目にどうしてもやりたかったこととして「キッズサッカー」があった。
キッズサッカーとは、キッズ年代(U-6)の子どもたちを対象としたサッカー指導である。
エチオピアの協力隊員の中で一時期流行った私の「セルJr.プロジェクト2011」(現在準備段階中)の布石として、サッカーがしたくてしたくてたまらない子どもたちを集めてキッズサッカーを試みた。

※たんこぶコーチが蘇った。

※滋賀県の北にあるマキノという地域のほんの少数の子どもたちの中では、「サッカーのコーチ=たんこぶコーチ」という時代がちょっとだけあった。

子どもたちのボールを一生懸命追う真剣な目、ボールを取られて悔しがる顔、そしてゴールを決めたときにみんなで喜ぶあの笑顔。

「無限の可能性」とはまさにこのことですね。

そして、試合終了のホイッスルを鳴らし、
「はい、並んで!!」と流暢すぎるアムハラ語で指示を出す、私に一人の4~5歳ぐらいの少年が近寄ってきて、私に一言、

「ゲンタ、ありがとう。」

びっくりしすぎて、何も言えなかった。
エチオピアは日本ほど「ありがとう」という文化はなく、誰かに「ありがとうって言ってきなさい」と言われた訳でもなく、ましてサッカーの練習後にコーチに対して「ありがとう」と感謝の気持ちを表すということなど知っているわけでもないのに、彼は「ありがとう」と言ってきた。

まさに心の底から出た純粋な「ありがとう」だった。

今年の10月に入ってダントツ1位の感動だった。

この子の純粋な気持ちとサッカーに感謝しようと思う。

この「ありがとう」でまた明日も私は早く起きるだろう。
そして、来週は絶対椅子で寝ない!!!

We are the World FC 2年目スタート!!
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今週のタマスガンくん!!かわいすぎる笑顔!!
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ミス・ドルベテのヤシャレムちゃん
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キッズサッカーinエチオピア
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作戦会議はImportant!!!
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by genta_ishibe87 | 2011-10-14 23:39  

Society

「元ちゃんは社会経験してないからなぁ~」

と私はよく言われる。
協力隊員になる人は凄い経験を今までにしてきた人が多いような気がする。
私は、日本社会でいろいろな経験をして、活躍してきた隊員の人たちにいつも感心させられている。

日本社会で今まで戦ってきた隊員の人たちは、日本での社会経験がない私によく日本での経験を話してくれる。

「いや、日本は本当にしんどいよ」
「日本は厳しいからね」
「日本社会に戻ると考えたらぞっとするわ」

隊員の人たちは本当に人間的にも凄い人が多く、知識や行動力があり、何よりも常に学ぼうという向上心を持っている。
私はそんな隊員の人たちを心から尊敬し、常にこの人たちから学ぼうという意識で関わっている。

しかし、そんな尊敬すべき隊員の人たちが口をそろえて言う、「日本社会」とはいったいどんな世界なのだ!?

そんなにも厳しく、きつい世界なのか!?日本社会にはいったい何があるのだ!?

そして、私はいつも思う。そんなにも厳しいと言われる「日本社会」を早く肌で感じたい。
隊員の人たちが、日本の厳しさを語ってくれる度に、「早くめっちゃ厳しいと言われる日本社会の中で仕事がしたい!!」と思う。

ただ、今はそれ以上に「学びたい」という気持ちの方が強いんですけどね。


最近、2人の日本人と会う機会があった。
1人は日本社会で地位も名誉も金も手に入れている人で、
「仕事に楽しみや喜びなどいらない。そんな奇麗事言っていたら日本社会でつぶされるぞ!!!」と言っていた。

もう一人はオランダで研究を仕事にしている人で、「自分のやりたいこと」と「仕事として求められていること」が合致していた。
その人の目をキラキラ輝いていた。

人それぞれいろいろな生き方があるのだなと勉強させられた。
ただ、私はどんな仕事に就こうと一生その仕事に「情熱」を持ち続けるということは断言しておく。

情熱つながりで、私の神友(神がかっている友達)も、日本社会で自分の夢を一つ叶え、また更に厳しい世界に挑戦しようとしている。
彼の頑張り、彼の活躍、そして彼の情熱と魂がいつも私を熱くさせ、チャレンジさせてくれる。本当に心から感謝したい。

ありがとう。そしておめでとう!!

厳しい日本社会で仕事をすることは凄く楽しみであるが、それ以上に彼との再会、彼との熱く語り合う飲み会が何よりも楽しみである。

2002年のW杯で流行ったロナウドカット。エチオピアではこれが普通。
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私の協力隊生活の全てを賭けたプロジェクトを水面下でスタートさせた。
これが成功すれば、エチオピアの歴史に名を刻むだろう!!!と思う・・・。
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私の協力隊生活の全てを賭けたプロジェクト②を水面下でスタートさせた。
どんだけ全てを賭けるのか・・・。
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by genta_ishibe87 | 2011-10-08 06:39  

Life

エチオピアにはコーヒーセレモニーという文化がある。
このコーヒーセレモニーはコーヒー豆を炒るところから始まる。
コーヒーセレモニーの時はたくさんの人が集まり、一緒にコーヒーを飲む。
基本的に3回入れてくれるので一回のコーヒーセレモニーで3杯飲む。

セレモニーと言っているから特別な日だけあるようなイメージだが、私のコンパウンド(同じ家の敷地)のケースで言うとほぼ毎日行われる。
要するに文化である。

また、最近ではトゥルとハヤットという親子が同じコンパウンドに来たため、大家とトゥル家とそれぞれ一回ずつコーヒーセレモニーをしてくれる。よって私は毎日6杯はコーヒーを飲んでいる。
さらに、このコーヒーセレモニーは始まってから終わるまでおよそ1時間半ぐらいかかる。
したがって、最近の私は一日の3時間はコーヒーを飲んでいるということになる。

しかし、私はこのコーヒーセレモニーの時間が大好きだ。
夜はいつも自分の家で勉強や作業をしながら、「コーヒーセレモニー来い来い来い」と願っている。

すると、

「ゲンター!!ブンナ(コーヒー)!!タッタ(飲め)!!!!

と声がかかる。私は心の中でガッツポーズをしながら、

「マットォー(今行く)!!」

と言う。ただ、忙しい時は「今日はいらんなぁ~」と言いながら行く時もあるのだが・・・。


では、なぜ私はこのコーヒーセレモニーの時間が好きかと言うと、理由は2つある。

1つ目はただ単純にエチオピアのコーヒーが好きということ。

2つ目はこの家族(近所の家も含めた)の団らんが好きであるということ。
家族はいつもくだらない話から真剣な話までダラダラとコーヒーを飲みながら話す。

カス(大家の奥さん)は産まれたばかりのタマスガン(三男)にお乳をあげながら、やんちゃをしまくるアビナザル(次男)を怒鳴りつける。
アタレ(大家)はそんなアビナザルを煽り、さらにやんちゃさせようとする。
カスはさらに怒る。
アビナザルが泣く。
マスティ(大家の妹)はそれを見てゲラゲラ笑う。

こんなことを繰り返しながら、我々は3杯のコーヒーを飲む。

ここには、毎日愛があり、子どもたちへの希望があり、そして夢がある。コーヒーも。
この時間、このコミュニティは本当にすごく大切だと私は思う。
日本でこの時間があればどれだけ素敵だろうか。

いや、持ち帰ろう。良い文化を真似し合うことは重要なことだ。


この文化が日本にもあれば、日本の自殺件数も少しは減るのではないだろうかと思った。
なぜ、自殺の話をしたかというと、先日ドルベテの先生が学校のトイレで首を吊って自殺した。「自殺」「死」について考えさせられた。
自殺だけは絶対にしてはいけない。
子どもを抱く親の顔を見ればその理由はわかるはず。



強くなろう!!!

コーヒーセレモニーをしてくれるカス
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タムスガンくん 4か月」
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家族
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by genta_ishibe87 | 2011-10-01 15:37  

Good bye & Welcome

5日間で合計40時間におよぶ会議・・・。
会議の内容は「どうすれば生徒の成績が向上するのか?」「エチオピアの教育の質を向上させるためには?」「2004年度(エチオピア暦)の教育の仕方は?」などなど。

エチオピアの先生はこれらの内容をひたすら話し合し、ひたすら校長の話に耳を傾ける。
一日8時間・・・。

去年の私はアムハラ語が全くわからなかっため、校長の「帰っていいぞ」という甘い言葉に従って帰っていたが、今年も去年同様アムハラ語は皆無なのだが、一日8時間×5日間という厳しい環境を経験しようと参加してみた。

内容はさっぱりのため、会議終了と同時に同僚のスマチョウにいつも聞きに行った。

ゲンタ「さっきの会議の内容は何だったんだ?」

スマチョウ「生徒のテストの結果を10㌫向上させるためには我々はどうするべきか?という内容だ」

ゲンタ「なるほど。で、結論は何だったんだ?」

スマチョウ「ハードワークだ」

(別の日)

ゲンタ「さっきの会議の内容は何だったんだ?」

スマチョウ「エチオピアの教育の質を上げるためにはどうすべきか?という内容だ」

ゲンタ「なるほど。で、結論は何だったんだ?」

スマチョウ「ハードワークだ」

これが5日間続いた・・・。

4日目の同じような内容を話し合っていた時、痺れを切らした私は(と言っても会議中ずっと自分の勉強をしていて話を聞いていないのだが・・・)、一言言ってやった。

「学校をきれいにしよう。教室がきれいなら生徒の意識もテストの結果も共に上がっていくだろう!!だからみんなで学校をきれいにしようではないか!!」

カルロス・ゴーンが日産を立てなおした本を今まさに読んでいる私は、完全に経営者気取りで発言していた。
自分でもかっこつけすぎたかと思ったが、150人あまりの先生たちは、大興奮し割れんばかりの大拍手をしていた。

「ゲンタ、お前の考えはもっともだ!!」
「お前の意見は全ての先生が受け入れた」
「みんなで学校をきれいにしよう」

とは言っていたものの、何もしない可能性は大いに高いので、何としても口だけで終わらないように私が主体になり行動していきたい。

ふと教室がきれいな生徒と教室が汚い生徒のテストの結果の変化(前年度と実験後)を見比べて教室環境がおよぼすテスト結果への影響というタイトルで卒業論文を書いたらおもしろいのではないかと変なことを考えていた。
ま、絶対にしませんけどね。

また、最近は別れがたくさんあった時期だった。

エチオピアに来て最もお世話になった隊次である21年度2次隊の3人(さるさん、わかさん、マサカズさん)がもうすぐ日本に帰国。

一年間同じコンパウンドで生活していた私の教育係り的なおばちゃん、トグゥスト、その子どもたち、ミタ、サムエルは仕事の関係でバハルダールに。

同じ体育教師で同じ年齢でサッカーをよく一緒にし最も仲の良かったアビィは、社会人チームでエチオピアチャンピオンになり今年度からナショナルリーグ(プロ2部)に昇格したため、先生を辞めプロサッカー選手に。

We are the World FCの絶対的エースであったソロモンは親父の家で暮らすことになり、バハルダールへ。ただ、別れの時彼は私に言ってくれた。
「将来はサッカー選手になる」と。
将来の夢はと聞いても、ほとんどの子どもたちがドクターかエンジニアと答える中、この答えは私のテンションとモチベーションをものすごく上げてくれた。

人生は出会いの数だけ別れがあり、別れの数だけ出会いがある。
彼らとはしばしの別れになるが、我が家には新たな出会いであるタマスガン君が・・・。
家に帰って彼の顔を見るのが最近の楽しみの一つである。

http://worldreporter.jica.go.jp/j22-1isibe/cat1/001111.php
こっちのブログも、もしよければ!!

若さん(写真中央)には、よく怒られたけど、天ぷらや焼き肉パーティーをしいただいたり、そして何より標高5000m以上の所では、歌ったり叫んだりしてはいけないことを教えていただきました。
本当に2年間お疲れ様でした。そしてありがとうございました。
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マサカズの兄貴(写真中央)には、本当にお世話になった。もっともお世話になった先輩隊員と言っても過言ではない。この人がいてくれたから体育隊員として協力してセミナーができたと思うし、何よりも私の一つの目標であったサッカーリーグが開催ができたのもこの人のおかげだった。
本当に2年間お疲れ様でした。そしてありがとう!!絶対熊本に行きます。
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さるさん(写真の変な顔の人)には、人生の生き方を教えてもらった。この人がいてくれたから、キリマンも南部旅行もラスダシェンも本当に楽しめた。「自分で全部すれば誰にも文句言われないでしょ」この言葉は最高にかっこよかったっす。さるさんがまだまだチャレンジしているのだから、僕ももっともっと追い込んでいきますよ!!
本当に2年間お疲れ様でした。そしてありがとうございました!!ロンドン遊びに行きますね!!金が貯まれば・・・。
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3人に送ります。最近写真を勉強してる僕からのベストショット!!
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by genta_ishibe87 | 2011-09-24 04:37  

Midnight Express⑤

「最終話 ナイロビを満喫する」
午前6時半、私はナイロビの町をさまよっていた。
ケニア旅行ラスト1日と半日ということで、この日は唯一日本人と接することができる日であった(当初の予定では)。

NTC時代の友であるユーヘイを中心に、ケニアで働く日本人が毎週行っているというサッカーに参加さしてもらうことになっていた。

まず、ナイロビの中心街からJICA御用達のチャーリーというタクシードライバーを呼びよせ、ドミトリーまで行くことに。ケニア一日目にもチャーリーのタクシーに乗せてもらっていたため、チャーリーの顔は把握していた。
しかし、いくら待ってもチャーリーは来ない・・・。

「さすがに6時半は早すぎたか・・・。」
と思っていたその時!!!
一本の電話が入り、側にいるということがわかった。

助かったと思い、それらしきタクシーに近寄ったが、チャーリーではない。
あたりを見回しても、チャーリーがいる気配がなかったので、改めて電話しようとしたその時!!

ドライバー「おい!!俺はチャーリーの手下だ!!知ってるだろ!!早く乗れ!!」

ゲンタ「知るか!!そんなもん!!」と言いながら、タクシーに乗った。


さて、完全に今のは余談であったが、ケニアのサッカーを体験してきた。
日本人のコミュニティーでサッカーができるっていうのも、すごいと思っていたが、できるだけでなくみんなかなり上手かった。
なぜサッカーができる日本人がこんなにケニアに集まっているのか不思議で仕方なかった・・・。

そのサッカーには、二人のケニア人が混じっていた。「ケニア人と一緒にサッカーをする」ということをこの旅の目標にしていたため、一緒にできてよかったのだが、一人のケニア人は元プロ選手だったらしいという情報を得た。
しかし、いつもは日本人をなめて本気でプレーしないという情報も同時に得た。

ということで、絶対に本気を出さしてやろうと勝手に一人熱くなっていた私は、そのボブマーリンのような元プロを徹底的にマークすることに。
日本に帰ったら社会人兵庫県一部リーグで現役復帰を企んでいる私は、正直バリバリ動けていた。そんな私のいやらしいマークに、ボブは完全にイライラしていた。

「ダハハハハハ、ざまあみろ!!元プロ!!兵庫県一部のレベルをなめるなよ!!」と思っていたその時、

顔面に当たったら絶対に気絶するかのような弾丸シュートを決められた・・・。

試合後、一応そいつに言っておいた、

「やるやん」と・・・。


サッカーが終わった後、一度ドミに帰った後はまさかの午後からバスケットボールに・・・。
ケニア隊員の充実しすぎているスポーツの機会に感謝しながら、バスケットもとことん楽しんだ。

久しぶりに一日中スポーツをし、ドミに帰ったら、一人の男が迷い込んでいた。

私が一人旅をしようと思ったきっかけの人物である、エチオピア隊員の松岡リーダー(40)だった・・・。

「任国外旅行ぐらいは全部一人でしようと思いまして・・・。」

とかっこよく言っていたリーダーだったが、ケニア旅行一日目にして完全に日本人に頼っていた。

結局、その後リーダーと晩飯を食いに行き、私の影ながらにして一番の楽しみでもあったカ○ノにも一緒に行った。

ギャンブルが全く好きでない私がカジ○にどうしても行きたかったというと理由は3つある。

1.何事も勝負ごとは絶対に勝つという理論のもと、自分の勝負強さを試す。
2.将来、人に何かを教える立場になったときの話題を作る。
3.橋本府知事の気持ちを知る。

という3つの裏には、ただ単に「カジ○に行ってきたぞ、とみんなに言いたかった」という思いも含まれている。

しかし、ギャンブルは基本的にはしない私だが、カジノの魅力を知ってしまった。なぜ、カジノが儲けを出し、人を惹きつけるのか。

「勝てば嬉しいし、負ければ悔しい」

人の心理というものはこういうことなんだと感じた。
「勝てば嬉しいし、負ければ悔しい」だからまたやる。
スポーツも同じことが言えるのではないだろうか。単純に勝てば嬉しいからまた勝ちたい。負ければ悔しいから次は勝ちたい。だから多くの人が心を奪われ、一生懸命になり、感動が生まれ続けるのだろう・・・。

そんなことを考えていたケニアの最後の夜は、気がつけば夜中の3時だった・・・。


ただ、ちゃっかり勝ったけどね!!


あとがき
長々と好評でもない連載ブログ小説「Midnight Express」を読んでいただき、ありがとうございます。なぜ、このような小説風にしたかといいますと映画「南極料理人」を最近観まして、「これはいけるんじゃないかな」とものすごい甘い考えが私の中に芽生えたからです。ぜひ「南極料理人」を観て、私が何を言いたかったか悟ってください。
ただ、ケニアは間違いないですよ!!

元プロを徹底的にマークする石部隊員
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元プロは確かに上手かった・・・。
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スポーツ万能かつ大好きなケニアで働く日本人のみなさん
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最後の晩餐はこれでしょう!!
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飛行機の時間がギリギリだっただが、どうしても食いたかったので食べに行ったケーキ
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by genta_ishibe87 | 2011-09-16 00:42  

Midnight Express④

「第4話 ツァボ→ワタム→マリンディー→モンバサの旅」
まさかの深夜特急がモンバサまで行かなかったため、貴重な一日を失った私は、ケニアの○山隊員の協力により、急遽予定を変更し、人生初のサファリツアーに行くことに!!

ケニアの○山隊員とまーさんとまっちゃんと4人で「ツァボイースト」に行ってきた。
犬も猫も絶対に触りたくないぐらい動物嫌いな私だが、ケニアの本物の野生の動物たちを前にして、興奮しないわけにはいかなかった。
ライオン、ヒョウ、キリン、ゾウ、バッファロー、シマウマ、鹿系の動物、鹿系の小動物などなど。

野生の中で必死に生きている動物たちを見て、何かを感じようとしたが、興奮し続けてしまっていたため、何かを感じることを忘れてしまっていた・・・。

午後は、MISIAがPV撮影で使ったといわれているムダンダロックに行ってきた。
あまりの景色の良さに、アフリカを肌で感じることができた。

そして、そこから私の怒涛の日程がスタートした。
次の日にワタムの海に行き、高級リゾート地(自分では高級リゾートと思っていたが、全くそうではなかった)に泊まり、人生初の沖まで歩いていけるという海に入り、一人シュノーケリングをした。
しかし、常にみんなといることを好む私にとっては、一人の海は少しつまらないかなと思うかなと思っていたが、全くもってそんなことはなかった。
一人だが、そこには現地のケニアのおっちゃんや、ビーチでサッカーをしている少年たち、そして、純粋にサッカーを教えてくれと言ってくる少年もいる(ただ、その少年は最後に「ボールを買ってくれ」とお決まりの台詞を忘れなかったが・・・)。
一人のようで一人でなかった。

次の日の早朝、朝日を撮影しようと海岸に出た。
すると、そこには一人のイタリア人の女の子が朝日をじっと見つめていた。
大学2年の時、イタリア人がシェフのイタリアンレストランでバイトをしていた私は、並みの日本人より、イタリア語が話せるため、全く用はなかったが彼女に話しかけた。

「絶対にイタリアに旅に行こう」

とその瞬間思った。
その日は、別に好きでも嫌いでもないヘビ園に行き、マリンディーの海に行き、ボロ宿にチェックインしに行った。

そこで現れたのは、またもやモリゾーだった。

完全一人旅だったはずだが、なぜか日本人を引き付けていた。

「マジ、マグネットだし(日本人を引き付けると言う意味)!!」

とミツル姉さんが言っていたのを思い出した。
結局、その後モリゾーを海に行き、夜はマリンディーの隊員とモリゾーが一緒に飯を食うということで、JOINさしてもらった。

その次の日は、別に好きでも嫌いでもないワニ園に行き、モンバサの海に行き、昨日のモリゾーの流れのまま、○山隊員とモンバサの隊員であるみどりちゃんが晩御飯に誘ってくれたため、JOINさしてもらった。

結局、「ケニア旅行~一人で行かなきゃ意味ないじゃん~」の旅は残すところ一日と半日になったのだが、この日までに日本人と絡まなかった日は0日だった・・・。


あえてのシマウマの写真公開
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ムダンダロック
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1人でも海を満喫できる男
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どこでもサッカー
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趣味がない私はこの旅からカメラを趣味に・・・
しかし、この旅一番の写真は結局オートマ・・・。
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夕日と思いきや、朝日の写真
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by genta_ishibe87 | 2011-09-09 15:44