GOAL

「自分のゴールをしっかりと決めて、そこから逆算して一つ一つの目標を具現化していきなさい」

最近、ある人からこのことを言われて、「自分のゴール」とは何かずっと考えていた。
自分は一体、最終的に何になりたくて何をしたいのか?

思えば協力隊の2年間の始まりもこのような感じだった。

「エチオピアの人のために何かしたい」
この想いを胸にエチオピアにやってきたが、一年目に自分の「無力さ」と「無知さ」を知った。

「何かしたい」から「何ができるのか」と考えるようになっていた。

それが「サッカー」だった。
エチオピアに来て、改めて「本当にサッカーをしていて良かった」と思えた。
サッカーによって、信頼関係を築くことができ、自分の意見や考えを伝えることができる、そして人の協力を得ることができる。

「サッカー」であると確信してからは、サッカーにこだわり続けた。
できるだけ多くの子どもたちに「サッカーで伝える」「サッカーをする機会を作る」ということを意識して関わってきた。

「国際協力とは何か?」
考えれば考えるほど、知ろうとすればするほど、難しすぎて答えを見出すことができない。
正直「いるのか?」と思うこともたびたびある。

ただ、一つ言えることは、
「サッカーで伝える」ことはできるということだ。
「国際協力」の定義を何にするかによって変わってくるが、「サッカーによる国際協力」は可能であると実感した。
他の国では知らないが、エチオピアでは確信を持つことができた。

“Football is a school of life.”
(フットボールは人生の学校だ)

サッカー界の偉い人が、えらいかっこいいことを言っていたが、共感できる。


任地引き上げ2日目、小学生コーチが教えるチームの練習の後、そのコーチに質問した。

ゲンタ「将来、何になりたいの?」

コーチ「フットボール・タチャワチィ(フットボール選手)だ」

彼と別れた後、彼の返答について考えていた。

ほとんどのエチオピア人の子どもは、この質問をすると「ドクター」「エンジニア」と親から言われている答えをするため、「フットボール選手」と言った彼には「それだけフットボールが浸透しているのだな」と嬉しく思ったのだが、

よく考えてみれば、彼は「フットボール選手」と言ったのだ。

エチオピアではアムハラ後で「フットボール」のことを「ウグルクゥワス」と言い、エチオピアの子どもたちは「フットボール選手」のことを「ウグルクゥワス・タチャワチィ」もしくは「クゥワス・タチャワチィ」と言う。

私は体育でもサッカー部の指導でも、高校生たちに、

ゲンタ「俺はウグルクゥワス教えない!俺が教えるのはフットボールだ!」

生徒「ゲンタ、フットボールはアムハラ語でウグルクゥワスって言うんだよ」

ゲンタ「違う!!ウグルクゥワスはエチオピアだけで、フットボールはインターナショナルのスポーツだ!!君たちは世界のフットボールをしてもらう!だからウグルクゥワスとは言うな!!」


日本のフットボールもろくに知らない私だが、偉そうに言うのは得意なため、2年間ずっとこんなやり取りをしてきた。
私が一切指導したことがない小学生コーチの彼は、「ウグルクゥワス」と言わずに「フットボール」と言ったのだ。

「伝わってるやん!!」

任地引き上げ前にして嬉しい一言だった。



ということで日本に帰ります。
日本に帰ってからは、おそらく神友たちにより焦らされ、慌てて次の行動をするでしょう。

最大の「GOAL」を一言ではっきりと今は言えませんが、
まずは、「サッカーで伝える」という概念を完全否定されようかと思っております。
また、一番近い「GOAL」としては、

「お仕事は、何してはるんですか?」
と聞かれたときに、

“I am a Football coach.”

と言うことです。
※ちなみに、この答え方は、映画「戦場のピアニスト」に影響されています。

今回のタイトル「GOAL」ということで、ブログ「For the children of the World ~スポーツは世界を救う~」も終了させていただきます。
2年間読み続けてくれた方から、または1回読んで「しょーもなっ!!もういいわ!」ってなった方まで、本当にありがとうございました。

近い将来、「For the children of the World GT ~スポーツは世界を救う~」として復活するかもしれないので、その時はまたよろしくお願いいたします。


スポーツオフィスからボールの提供2球/小学生年代のチーム7
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ここまでボールを使いこめるのはたいしたものです!!
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任地引き上げ2日前に新しいボール勝ち取る石部隊員
そのボールで遊ぶタメさん
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羊まで殺せるようになったこの2年間・・・。
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ありがとうドルベテ!!また会う日まで!!
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# by genta_ishibe87 | 2012-06-21 06:18  

NEET

「人間のあらゆる行動は、ふたつの動機から発する。性の衝動と偉くなりたいという願望」by フロイト

昔の私のノートにこんな言葉が書かれていました。かなりレベルの高いことを勉強していたのかもしれない・・・。このことを「自己の重要感」と言うらしい。


2年前、「途上国の人々のために何かしたい」という思いを持って、エチオピアに来た。
エチオピアに来て、任地に赴任し活動し始めてから感じたことは、

「俺っているんかなぁ・・・」だった。

人は、人から必要とされて仕事を行う。
「『人』のために『動』くと書いて『働く』」
人から必要とされたり、頼りにされることによって、そのことに対して頑張れるし、一生懸命になれる。それによって幸福感や満足感につながっていく。

しかし、「青年海外協力隊」の中には「必要とされていない」ケースが少なからず存在する。
私のケースも間違いなく必要とされていなかった。
JICAからの要請内容は、①体育授業を行い、エチオピア体育教育の発展 ②同僚体育教師に対する技術・知識の向上をはかる ③近辺の体育隊員と協力し、セミナーなどの開催 だった。

要請はこのようにしっかりしているのだが、配属先が求めるものは特にない。
確かに、「アムハラ語も英語もほとんどできない大学卒業したばかりの日本人に期待することなどない」と思う気持ちはよくわかる。私が同僚体育教師ならこのように思っていただろう。

「ボランティアっていう名目で来たが、ボランティアって何だ?」

いつしかこのように考えるようになった。
「人の役に立つ活動をすること」がボランティアと思っており、「人のために何かを!」と気張ってやってきたが、全く役に立っていなかった。求められていなかった。必要とされていなかった。

この状況が正直、嫌で嫌でたまらなかった。日本では同期が一生懸命働いている姿をmixiやFacebookなど知る。mixiやFacebookは便利すぎていますね。人と比べる必要はないのだが、比べてしまうのが人間の心理っていうもの。正直、焦った。

「何かしていかねば、何か結果を残さねば・・・」

2年前のこの時の心境を考えると、「NEET」(Not in Education, Employment or Training, NEET)のメンタリティーは本当に凄いなと思う。
私自身、周りが一生懸命、朝から晩まで働いているという状況の中、自分は何もしていないというのは絶対にできない。
しかしNEETと呼ばれる人たちはそれに耐えられるだけの強いメンタリティーを持っている。
このメンタリティーを何かに利用することができれば未来の日本はとんでもなく明るくなる。と思うのは私だけだろうか?


このメンタリティーを持ち合わせていなかった私は、「全部やってまえ精神」でとにかく「考えること」と「行動すること」を繰り返してきた。
パンク寸前になろうが、失敗・成功しようが、関係なしに行動してきた。

その結果、つい先日、
「ゲンタ、今日トレーニングが17時からあるけど、来てくれるか?」
7歳の少年が登校間際に声をかけてくれた。

「ちょっとは必要とされる存在になったんかな・・・」

と思いながら、2年間ずっと考え続けてきた「ボランティアとは何か?」という質問の答えを出したいと思う。いろいろな答えがこの2年間で出てきたが、結局は、


「自分のできることを全力でする」


大学時代の一番最初に学んだこの一言につきる。

ただ、世界最強のボランティアは「家畜」であることが最近わかった。
彼らは人間のためだけに、死ぬまで草を食い続けるのだから・・・。


恐ろしすぎるNEET生活まで、残り1ヶ月・・・。


右足に魂込めました!!
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史上最強のボランティアの最後・・・。感謝します!!
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ビックリです!!①
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ビックリです!!②
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# by genta_ishibe87 | 2012-05-26 06:08  

Moral

質問:試験中、カンニングしている生徒を見つけたとします。あなたならどうしますか?


私はこの2年間、ドルベテ中・高校の試験において、1日平均3人のカンニングしている生徒を見つけてペナルティーを与えてきた。テストは1週間続けて行うため、2年間でおよそ100人あまりの生徒をカンニングでつかまえてきた。

それほどエチオピアの生徒はカンニングをよくする(生徒数が多すぎるため3人が一つの長いすに腰掛けているという状況もあり、見たくなくても見えてしまうという状況もあるのだが・・・)。

エチオピアでの最後のテストになるでと思われる今週、私は試験官を外されていた。

前回の中間テストでカンニングしている生徒をいつも以上につかまえたため、学校側が私を試験官から外したのか!?と勝手な妄想をしていたが、ただ単に体育の実技のテストを受けていない生徒に対し、テストを優先的にしろということだったらしい。

最後にカンニングしている生徒をつかまえる自己新記録でも作ろうと思っていただけに残念だ。

ただ、いつもカンニングしている生徒を見つけ、回答用紙を取り上げたり、マイナスのサインをしたり、校長室に連れて行ったりしている時に思うことがある。


「何でカンニングをしてはいけないのだ?」


一人の生徒がカンニングをしたからといって、私に迷惑がかかるわけでもない。ましてカンニングされた方にも迷惑はかからない。
彼の点数が1点2点良くなったところで、私をはじめ周りの人間にとってはどうでもいいことだ。

松本人志は言う、
「ゴールは試験をすることではなく、ものを覚えることだ。カンニングしてでも、ものを覚えたらそれでええやないか」
むちゃむちゃ言うな、このおっさんは・・・。


試験中、いつも「カンニングはなぜいけないのか?」ということを考えていた。
はっきりした答えがいつも見つからずにいたが、カンニングした生徒に対しては容赦なしにペナルティーを与えてきた。

なぜか?

完璧にカンニングした生徒を見つけたとき、ものすごく「やったった感」があるから。
最低ですね。


「髪を染める」「眉毛をそる」「電車で化粧をする」「勉強をしない」「カンニングをする」etc

「人に迷惑をかけない」行為

最近読んだ本にこう書いてあった。
「法律のレベル」
「道徳のレベル」
「美学のレベル」

「法律のレベル」は違法性があることに関してはしてはいけないと規定され、「道徳のレベル」は「たとえ法律に違反していなくても、他人に迷惑や危害を与えることはしてはいけない」というレベルのこととあった。
(反「道徳」教育論 「キレイゴト」が子供と教師をダメにする! 山口意友 PHP新書)


それに次ぐ「美学のレベル」が要するに、「カンニングをしてはいけない」「髪は染めてはいけない」といったことになってくると考えられる。

何を「己の美学」とし、何を大切にするか、そして何を「目標」とするのか。
それによって、自分の行動規範が変わってくるのではないだろうか。


今考えれば、サッカー部に対して「規律」「規範」「道徳」「モラル」「人間性」などなど、やいやいやいやい、言い続けてきた。
これらも完全に私が考える「己の美学」だったのかなと思う。

大事なのは生徒が私の言い続けてきたことから、何が大切で何をしていかなければいけないかを考え、見つけ、行動していくことなのだろう。


ただ、これだけ「規律」や「モラル」と言っているが、マンチェスター・シティのバロテッリはなぜか応援していた。

あのめちゃめちゃな選手を使うロベルト・マンチーニはもっと応援した。


「才能とは継続して努力し続ける力」 by羽生義治
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ヘディング大事ですね!!本当に・・・。
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ベスト・オブ・ピクチャーin Ethiopiaにしましょう!!
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己の美学とは・・・。
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# by genta_ishibe87 | 2012-05-20 21:04  

Farewell

小さい頃からずっとサッカーをしてきて、それぞれのチームでいろいろな指導者と出会ってきた。
多くの指導者の方にサッカーを教わってきたが、同じタイプの指導者というのはいなかった。それぞれが自分の考えや練習メニュー、哲学やサッカー観を持っており、いつも私に新たな知識と技術を与えてくれていた。
似ているタイプの指導者というのもいなかった。
まさに十人十色。

いつも違う指導方法で、違うサッカー観を教えられてきたが、チームを去る時、私が抱く感想はいつも同じだった。


「本当にありがとうございました」


この気持ちだけは、どの指導者に対しても共通していた。
世の中には指導者と合わずにサッカーを辞めてしまったり、その人に対する不満だけを持って去っていく人も少なくはない。

私の場合は、金運と恋愛運が無さ過ぎる代わりに「人運」(良い人と出会う運)は人並み以上にあるため、本当に良い指導者との出会いしかなかったように感じる。

今までは指導者に対して「感謝」する立場であったが、今回初めて「感謝」される立場になってチームを去ることになった。


先週の土曜日、We are the World FCの今シーズン最終戦をバハルダール(大きい都市)で、行ってきた。結果は3-3からのPK負け(2-4●)。

生徒は進級するための厳しい全国共通の試験を受けなければいけないため、練習や試合をする時間はなく、試験終了後は私が帰国するため、実質この試合が私にとってWe are the World FCでの最後の日となった(生徒は来年も続けると言ってくれているが・・・)。

試合後、驚いたことに本気で泣いている生徒がいた。
「2年前は負けてもヘラヘラしてたのになぁ~」
などと考えながら、生徒たちに最後の言葉をかけた。
指導者として最後のメッセージは重要な役割の一つであるが、新人素人指導者のGENTAコーチはいろいろな気持ちが入り混じっていたため、あまり何と言ったか覚えていない。

ただ、
“There is no Genta, but there is Football here.”
とだけは言っておいた。

私の名言っぽいこのわけわからん一言が伝わったかどうかわからないが、
いやぁ~続けて欲しいですね。


その後、ドルベテに一緒に帰り、チームが一時解散する時、多くの選手がなみだ目になりながら、

「ゲンタ、本当に本当に本当にありがとう!」

と力強く言ってくれた。


初めて選手から「感謝」されてチームを去るという立場になって思った。

「いやいや、こちらこそ本当にありがとうございました」


ただ、これだけ選手に感謝され自分がこの2年間やってきた活動は間違いではなかったとは思うが、どうしても満足できないことがある。

やはり試合に勝ってもらいたかったし、私自身がもっと良い指導者ならば、もっともっと選手としても人としても大きく成長できていたはずだ。と自分に対する悔しい気持ちがあるのが否めない。

だから、もっともっと勉強して、経験つんで、成長したいですね。はい。

最終戦はバハルダールの大道FC
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良いグラウンドで最後の試合をさせてもらえたことにも感謝です。
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学び続けます!
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いやぁ~ありがとうございました・・・。
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# by genta_ishibe87 | 2012-05-12 05:54  

Green

緑・黄・赤
信号機ではなく、エチオピアの国旗の色合い。
意味は、

緑:エチオピアの自然
黄:平和
赤:血・犠牲

を表しているそうです。

ちなみに、サッカーにおいては、

黄(イエローカード):警告
赤(レッドカード):退場

そして、緑(グリーンカード)が主にキッズ年代の指導の際に用いられるカードで、意味としては「良いプレー」「フェアプレー」「頑張った行動」などをしたときに出される。
JFA(日本サッカー協会)が、子どもたちの動機付けのために積極的に使用していこうということで、キッズリーダー(キッズ年代の指導者)に促している活動の一つである。

しかし、私自身も大学時代キッズサッカー指導を積極的に行っていたが、このグリーンカードは実際に一度か二度しか使ったことがなかった(私の使い方の問題ではあると思うが効果はいまひとつだった)。


そんな中、昨年私は体育の授業で生徒たちをコントロールする(まとめる)のに、レッドカードとイエローカードを使っていた。理由は、生徒たちに一度ボールを渡すと笛を鳴らしても犬のようにボールを追いかけることを止めないで、はるかかなたに行ってしまうため、レッドカードとイエローカードを使い権力でコントロールしようと考えたからだ。(65人中40人はボールを追いかけて帰ってこない)

この方法は「効果は抜群」だった。
成績が全ての生徒たちは、点数を下げられたくがないために、すぐにボールを蹴るのを止め集まるようになった(中にはいつまでも遊ぶ生徒もいたが、そういう生徒には本気で「退場」を宣告する)。

しかし、2年目の今年、私は「究極の生徒コントロール術」を編み出した。

それが、「グリーンカード」だった。


ゲンタ「グリーンカードっていうのは、良いプレーや良い行動した時に出るカードだからね。例えば、『集まれ!』と言ったときに一番早く集まれたチームなどにはグリーンカードが出るからね。わかったかな?」

ピーーーーーッツ!

ゲンタ「集まれ!!」

ヤードラッド星人の瞬間移動ばりで集まる生徒たち。

ゲンタ「はい!!グリーンカード!!!!!」

チーム①「うぉーーーーーーーー!!よっしゃーーーーーー!!!やったーーーーーー!!」
チーム②「ゲンタ!!こっちも見てくれ!!ちゃんと並んでるからグリーンカードを出してくれ!!」
チーム③「おい!!ちゃんと並べ!!早く並べ!!グリーンが俺は欲しいんだ!!!!」

彼らの中のモチベーションがここまで上がるとは思っていなかった。

ネガティブな点についてフォーカスして指導した1年目。
ポジティブな点についてフォーカスして指導した2年目。

ゴールは同じだが内容が大きく異なっていた。


また、先週We are the World FC vs ダングラ高校サッカー部の試合(結果派2-4●)を行った際に、後半途中にキャプテンのタンサイを交代させた。
するとタンサイは自分のプレーが悪かったからか、交代させられたことに不満だったのか、ベンチで下を向いて座っていた。

ベンチでの態度について、人一倍口うるさい私は黙っていることができなかった。

ゲンタ「君の仕事はもう終わったのか?」

ベンチで「チームのために何ができるか」を考えてすぐに行動するのは簡単にできることではない。誰もが試合に出たいし、出れなければ不満が出るのは当たり前だ。まして試合をろくにしたことがない彼らにそれをわかれと言ってもすぐに理解できるのものではない。ただ、この点に関してはどうしても譲れない部分があったので、試合後に「ベンチでの行動」について長々と語ってしまった。

かなり落ち込んでいたタンサイだが次の日、自分の指導する子ども(セル3世 過去のブログ参照)が指導するチームのリーグ戦最終節を行っていた(この点は本当に尊敬する)。

審判をしようとしているタンサイに私は「グリーンカード」を手渡した。

要するに、
「Move for the team」

緑の威力 by Mr.Genta
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緑の威力その2 byタンサイ
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がっつきます!!セル3世プレミアリーグにて
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何年か前の弟からの誕生日プレゼントはこのカードだった。弟よGoing my wayや!!
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2年間ダングラ高校との通算成績 2勝2敗1分け
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# by genta_ishibe87 | 2012-05-05 03:27