Mother

およそ、2ヶ月前、大家の奥さんのカスが妊娠していることを知った。
同じ敷地で、毎日顔を合わし、家族の一員として私のことを優しくかつ厳しく接してくれていたカスだが、出産1ヶ月前になるまで私はカスが妊娠していることを知らなかった。

なぜなら、カスは私がこの家に来たときからかなりの太っていたため、お腹が大きくなっても私は全く気づかなかったのだ。

そんな、カスの出産予定日はおよそ3週間前だった。
しかし、1週間過ぎても、2週間過ぎても赤ちゃんは産まれてくる気配はない。

私は、エチオピアに1年住んでみて、エチオピアのことを少しばかり知っていたため、
「まぁ、医者もアバウトな感じで5月下旬から6月上旬に産まれると言ったのだろう」
とそのように考えていた。

しかし、3週間が経ち、ちょっと遅すぎないかと思っていた矢先、大家のアタレが、

「ゲンタ、明日バハルダールの大きい病院でカスを見てもらうから、朝からちょっと行ってくるな。」

と言われた。そう私の住む任地ドルベテには病院はない。ヘルスセンターというものはあるのだが、医者はいないという状況。
しかし、バハルダールに行くとなるとやはり、ちょっと危険な状態なのかなと思い出した。

そんな、心配をしていた次の日の朝、長男のナティが嬉しそうに言ってきた。

「ゲンタ、カスがヘルスセンターに行った。ついに産まれるぞ!!」

私は一安心し、そして私もすぐさまヘルスセンターに駆けつけた。
駆けつけたが、まだ産まれる気配がなかったため、クラブの練習に行き、指導をし終えてまた戻ってきた。しかし、まだ産まれる気配はない。

かなりの長期戦になっていた。家族全員でサポートし、産まれるのを待つ。

一度家に戻り待機していたが、アタレの携帯がなり、私とアタレはダッシュでかけつけた。
ついに産まれるのか!?と思ってワクワクしながら駆けつけた。
しかし、周りの様子が慌ただし過ぎる。一緒のコンパウンドに住むトゥグストが泣いていた。私は状況がつかめないでいた。

するとアタレが、

「ゲンタ、ちょっとバハルダールの病院に行かなければいけなくなった。」

と言いながら、ミニバスを呼びに行った。かなり危険な状態だということが聞かなくてもわかった。エチオピアに救急車などなく、ミニバスを貸切りヘルスセンターまで来てもらっていた。ドルベテからバハルまではおよそ1時間。自然と不安な気持ちが立ち込める。

この時、まず発展させないといけないのは医療機関だろと真剣に思った。

「頼むから無事でいてくれ」

誰もが心からそう思っていただろう。

その時、「アーアー」

小さな小さな産声が聞こえた。

奇跡が起こった。自然と涙が出てきた。

一つの「生命」の誕生であった。

良かった。本当に良かった。無事アタレ家に3番目の男の子が誕生したのだ。



カスが命がけで出産している姿を見て、命の重みというものを本当に感じた。
命は絶対に大切にしなければいけない。
命は自分だけのものではない。
だから、絶対に自ら命を捨てるようなことはしてはいけないし、そのような環境を作ってはいけない。
母親が命をかけて生んでくれたのだから。

とそんなことを考えながら、「お母さん、ありがとう」と真剣に思った。


ただ、2時間後、カスとタマスガン(赤ちゃん)は我が家に帰ってきて、カスはがっつりコーヒーを飲んでいた。
恐るべきエチオピアンコーヒー魂・・・。

かわいすぎるタマスガンくん 30分歳
d0178633_16185640.jpg


尊敬するエチオピア人のうちの一人アタレ。ただただ待つ…。
d0178633_16205284.jpg


日本人の90㌫以上が嫌いという出産後に食べる伝統的食べ物 ガンフォ。
これを旨いと思うようになってしまった私はもはや食べ物に関しては最強!!
d0178633_16241170.jpg




[PR]

by genta_ishibe87 | 2011-07-01 16:27  

<< Enthusiasm Thinking >>